新人類広報官の一日

らこ様に北条早百合を描いていただきました!
過酷な運命に立ち向かう彼女が表現されているようで。。好きです!


「未来を死守する!」

 朝、寮の廊下を旧式のロボ掃除機がすべっていく音で目が覚めた。

 新松戸学園の寮は、二百人の新人類が暮らす小さな都市のような場所だ。窓の外には、人工太陽の光で花を咲かせる庭園。霧のような冷却空気が流れ、花びらの温度は常に二十度に保たれている。

 私はベッドに座り、同期スイッチを起動した。

 「人格同期率、九十四パーセント。本日も安定しています」

 壁の端末が告げる。昨日より一%低い。
 つまり今日は少し“人間寄り”ということだ。

 洗面台の鏡に映る顔が、少しだけぼやけて見える。脳の一部がネット上の私とつながり、わずかに演算を分け合っているせいだ。それでも歯を磨きながら思う。

 ――新人類って、どこからが“新”なんだろう。

 食堂に降りると、寮生たちは静かに食事をしていた。ほとんどの会話はリンクで済むため、食堂は食器の音だけが小さく響く。

 私はトレイを持って席につき、隣の子に声をかけた。

 「おはよう」

 彼女は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。
 この“声を出す”という行為が、旧人類的だと笑われることもある。だが私は、それをやめたくなかった。

 午前九時、オンライン会見。

 新人類広報官として、旧人類の記者たちに向き合う。

 「私たちは、あなた方の敵ではありません。感情を共有することで争いを減らしたいだけです」

 そう言った瞬間、コメント欄が真っ赤に染まった。

 《魂のない人形め》
 《人間の皮を被ったAIごときが》

 そんな言葉が次々と流れていく。

 私は深呼吸し、淡々と答えた。

 「私たちは心を失っていません。心を“分け合って”いるだけです」

 会見が終わると、端末の通知が鳴った。

 〈人格同期率:八十九パーセント〉

 やはり下がっている。
 感情の揺れは、同期にとってノイズになるのだ。

 午後、講義棟へ。
 
 旧人類史の授業で、かつて「孤独」が個性と呼ばれていた時代の映像を見る。
 SNSも脳接続もない時代。人々は手紙で恋をして、声で喧嘩して、沈黙で和解していた。 その映像を見ていると、胸の奥に小さな熱が灯る。

 ――あの時代の彼ら、寂しかったろうな。でも、少し羨ましい。

 夜。寮の屋上に出ると、人工の月が青く輝いていた。
 同期率は八十五パーセント。ほとんど“私”だけの思考だ。

 風が髪を揺らし、誰かの笑い声が下の階から聞こえる。リンクではなく、空気を震わせた本物の声。

 私は深く息を吸い、空に向かって呟いた。 

「……今日も、広報官として嘘をついた気がする」

 嘘ではない。けれど、真実でもない。
 心を分け合うほど、人は優しくなると思っていた。
 でも、共有すればするほど、私は“自分”が薄れていく気がする。
 通信端末が明滅した。クラウド上の“多の私”が言う。

 〈今日もお疲れさま。個のあなたはよくやった〉

 「ありがとう」

 私は画面を見つめ、少し笑った。
 その笑顔がどちらの“私”のものなのか、分からなかった。