わたくしは猫ですの

秋原実様に描いていただいた鬼戸麗です!
猫ちゃん好きの軟体怪力人間。


「おらおらぁ!猫ちゃんの次に大好きだって言ってんだよぉ!」

 わたくしは猫ですの。名前はミル。麗が名付けてくれましたの。

 麗とは人間の女のことでして、戦士でありながら、どういうわけか猫の扱いが上手い人ですのよ。この街が鉄の音と火薬の匂いに包まれても、彼女だけはいつも柔らかい手をしておりましたの。

 わたくしは生まれたときから瓦礫の街で暮らしていました。空の色よりも煙のほうが濃く、夜よりも爆発の光がまぶしい。けれど、そんな場所でも生きるのが猫というもの。食べものを見つけ、隙間を探し、時々、鳴いてみる。わたくしバイオロボですから。

 ――そうして、麗に見つかってしまったのです。

 あの日、麗は神々しくも戦場の泥にまみれていました。わたくしを見つけた途端、しゃがみ込んで言いましたの。

 「怖くないよ」

 声が少し震えていましたの。まるで自分に言い聞かせているように。それでわたくし、思いましたのよ。――この人、戦うよりも誰かを抱くほうが向いている、と。

 それからというもの、麗はよく来ましたの。戦いの合間をぬって、廃墟の街を歩き、わたくしを探しては名前を呼ぶのです。

 「ミル、どこ?」と。

 あの声は、爆発音よりも大きく、風の音よりもやさしかったのです。戦士の仲間たちは、そんな彼女を見てよく笑いましたの。

 「鬼の麗が、ロボ猫の相手とはな」

 誰しもが目を細めて嬉しそうでした。笑いの奥に、尊敬のようなものがありました。彼女のやさしさは、戦場にあって唯一の聖域でしたの。

 ある夕暮れ、わたくしは瓦礫のすき間で雨をしのいでおりました。風が冷たく、空が燃えるように赤かったのを覚えています。そのとき――あの声が聞こえたのです。

 「ミル!」

 麗の声です。

 わたくしは鳴き返しました。
 声はか細く、風に溶けましたけれど、麗はすぐに駆け寄ってきたのです。

 「おかえり、ミル」

 そう言って、わたくしを抱き上げましたの。手は少し冷たく、でも心臓の鼓動が伝わってきました。その音が、わたくしには世界の鼓動のように思えましたの。

 その様子を、少し離れた場所から数人の兵士が見ていました。彼らの顔は煤に汚れていましたが、目だけは穏やかでしたの。

 「麗があの猫を見つけたなら、明日も大丈夫だな」

 そんな声が聞こえました。わたくしには“明日”という言葉の重さはわかりませんの。けれど、人間たちのその笑いには、ほんの少し光がありましたの。

 夜が降りてきました。
 麗の腕の中で、わたくしは目を閉じました。遠くで砲弾が落ち、地面が震えましたが、不思議と怖くなかったのです。麗の心臓が動いている。それで十分でしたの。

 わたくしは時々考えます。

 どうして麗のような人が戦わねばならぬのか、と。戦うより、撫でるほうが似合う人間なのに。でも、彼女がわたくしを撫でているとき、きっと彼女はほんの少しだけ「人間でいる」ことを取り戻しているのだと思うのです。

 「ねぇ、ミル。また会えるかな」

 彼女がそうつぶやいた夜がありましたの。わたくしは答えませんでした。ただ頬にすり寄せましたの。その仕草が、彼女への約束になると思ったのです。

 今も風は吹きます。鉄の匂いはまだ消えません。でも、麗の匂いはちゃんと覚えていますの。 あたたかくて、少し苦くて、どこか泣いているような匂い。

 わたくしは猫ですの。名前はミル。麗が付けてくれましたの。

 麗が生きている限り、この街には陽だまりが残っていますの。そしてわたくしが生きている限り、その陽だまりを見つけて、そこに座るのですの。

 ――それが、わたくしの戦い方ですのよ。