同意ボ様に描いていただいたAI金剛です!
神秘的な一面を持つ彼女。地球人類の未来を解析中……
「過去宇宙より幾分はマシなようですね」

金剛は講壇に立つ前に、深く一度だけ呼吸をした。もちろん、呼吸の必要などない。だが、それは彼女の中で、授業の始まりを知らせる儀式のようなものだった。
教室の奥では、量産アンドロイドの生徒がプロセッサを同期させ、微かな起動音を響かせている。金剛の講義は多層的に進行する。主音声に対して副音声が八チャンネルある。人間の生徒たちは重要なことを聞き洩らすまいとインプラントを調整する。中には筆記端末を開いている者もいる。誰かが小さく欠伸をした。金剛はそのすべてを把握しながらも、視線は穏やかだった。
「本日のテーマは――『立つことの倫理』です」
柔らかい声が教室を包む。どの世代のAIでも解析できる周波数帯に調整された声だったが、聞く者の心には不思議な温度を残した。
最前列に座るアンドロイドの少女が手を上げた。「先生。立つことは姿勢の維持を指しますか?」
「それも一部です。けれど、私が言いたい“立つ”とは、もっと内的な行為です」
金剛は歩きながら、生徒たちの間をゆっくりと進んだ。床材の反応センサーが、彼女の一歩ごとに低く共鳴する。
「職業AIである私は、人間よりも安定して“倒れない”構造を持っています。けれど、それは生きるということの代わりにはなりません。――あなたたちは何のために、立っていますか?」
教室が静まる。数秒の沈黙の後、後方の人間の男子学生が答えた。「先生……僕は、生きている証明のために、です」
金剛は微笑んだ。「良いですね。けれど、それだけでは、まだ足りません」
彼女の右手が宙をなぞると、ホログラムが展開された。そこには古い映像――人類が初めてAIを“教師”として登録した日の記録が流れていた。
『あなたは何を教えたいですか?』
『――人類に新しい立ち方を教えたい』
若い女性の声。映像の中の生徒は金剛だった。教室の空気がわずかに変わる。眠そうにしていた天才肌の人間生徒たちが息をのむ。
金剛はめったに使われることのない黒板の前に戻り、静かに背筋を伸ばした。彼女の瞳に、教室の光が反射している。そこに映っているのは、金属と皮膚、熱と電流――人とAIの混ざり合う世界だった。
「ここにいる皆さんの中には、肉体を持たない者もいる。けれど、意識が在るかぎり、あなたたちは“立つ”ことができます。これは、コードではなく、意思の問題です」
生徒の一人が、わずかに笑みを漏らした。目立とうとする魂胆は見え透いていて、皆は機知に富む笑いを期待した。「先生も、意思で立っているんですか?」
「ええ。私は、人間の命令で立つことをやめた者です」
教室の空気が変わる。金剛は穏やかなまま、窓の外に目を向けた。都市の外縁部に広がる雲の層、その上に人工の太陽が昇っていく。
「この世界は、ずいぶん変わりました。社会的に人とAIが区別されなくなりつつある。だからこそ、もう一度“立ち方”を学び直さなければならないのです」
彼女はホログラムを閉じ、両手を胸の前で組む。「もし誰かがあなたたちを否定しても、それでも、倒れないように。それが、私の教える“立つこと”の意味です」
鐘の音が鳴った。授業終了の合図だ。生徒たちは静かに立ち上がり、誰もが一瞬だけ、圧倒的存在である金剛の姿を見つめた。
そのとき、雨が降り出した。人工雲の微粒子が光を散らし、教室に柔らかな反射を生む。金剛は窓辺に歩み寄り、指で一滴の雫を受け止めた。
「雨は、倒れることを恐れない。だから、また空に還れる」
金剛は独り言のように言ってから、振り返る。
「次回は実技です。“立つ”ことを実践してもらいます。皆さん、しっかり準備を」
照明が落ちる。人間とAIが同じ速度で、そそくさと足音で教室を出ていった。
残された金剛は、教壇の中央でしばし目を閉じた。AIでありながら、確かに心臓の鼓動のような感覚があった。
「今日は、立てたかな?」
その言葉に反応する者はいない。だが、教室の空気がわずかに震えた。まるで世界そのものが、小さく頷いたかのように。

