「今日は付き合ってくれてアリガトね!」

昼の風は、七海にとって落ち着かない。夜なら強くいられるのに、太陽の下では心が素のまま引きずり出されるようで、どうにも苦手だった。
今日は学校の先輩と、ショッピングモールで待ち合わせをしている。卒業してからカウンセラーとして戻ってきた八コ上のその人は、戦士としても別格の強さを持つ。七海にとっては目指す背中であり、同時に目を合わせると息が詰まる相手でもある。
「来たな」
先輩は軽く片手を挙げた。七海は強く心臓が跳ねるのを感じたが、平然を装い、肩をすくめる。
「退屈しのぎよ。仕方なく付き合ってあげるだけ」
自分でも強がりが極端だと思う。それでも、昨夜ろくに眠れなかったほど楽しみにしていた事実を、知られるわけにはいかない。
ショッピングモールに足を踏み入れた瞬間、七海はわずかに身を固くした。夜の戦場で飛び交う火花より、昼間の喧騒のほうがよほど未知で危険に思える。甘い香り、鮮やかな色、無防備な笑い声。すべてが七海の“強さ”を奪っていく気がした。
「服か?」
その短い一言に、七海の視線がつられて動く。並んだワンピースは普段の自分とはあまりにも違った。戦闘服のように体を守るものではなく、むしろ無防備さを引き立てる布だ。
「……似合わないって笑えばいいでしょ」
七海は目を逸らした。
「なんで?」
七海の胸が大きく脈打つ。たった三文字が、どんな激戦よりも重く心に刺さる。戦士としての強さと、女の子としての自分。それを両方知っている声音だった。
試着室に押し込まれた七海は、鏡の前で深く息を吸う。布の手触りが落ち着かず、体のどこに手を置いていいかもわからない。夜なら迷わず剣を握れるのに、今は小さなメイクルームが恐ろしく広く感じられた。似合わなかったらどうしよう。笑われたらどうしよう。そんな弱々しい思考が、七海自身を驚かせた。
「……できた」
小さな声で呟き、カーテンを少し開いた。
先輩は七海を見たまま、言葉を飲み込んだように黙った。その沈黙が、拒絶ではないことを分かっている。七海は視線を合わせられずに足先を見つめる。
「変じゃ……ない、よね」
かすれる声でたずねる。
「おまえ、なんでも似合うな」
七海の内側で何かが崩れた。否定も照れ隠しも追いつかない。咄嗟に笑顔を作った。
「しょ、しょうがないから、買ってあげてもいいわよ」
言ってから、自分でも意味がわからない。先輩に何を“買ってあげる”というのだろう。強がりが暴走している。
会計後、先輩は七海の服の入った袋を当たり前のように持って歩き出した。「軽いから自分で持つよ」文句を言おうとしたが、喉の奥で言葉が止まる。任せてしまうことが、どうしようもなく嬉しく、そして恥ずかしい。
「昼飯にすっか」
七海は追いかけながら、先輩の横顔を盗み見た。夜の顔と、昼の顔。そのどちらにも七海は勝てそうにない。
ショーウィンドウに映る自分は、戦場でバイクを駆る姿とは別人だった。柔らかい布に包まれ、髪が少し揺れ、目元が自分で思うより優しく見えた。戸惑った七海の背後から、先輩が一歩近づく。
「楽しいか」
七海はすぐには返事できなかった。素直に肯定することが、なにか大きな秘密を暴かれるようで怖かった。
「……まあ、普通」
声が震えないように抑えつけて答える。
フードコートでテーブルに向かい合う。先輩は必要以上に喋らない。七海の様子を観察するように、時折視線を向ける。それがまた緊張を高める。七海はストローの紙を弄り続け、声にならない声を飲み込んだ。
食事を終え、外に出ると昼下がりの風が頬を撫でた。そろそろ終わりだ。
「ほらよ」
紙袋の重みが腕に伝わる。その中に、戦士としてではなく、一人の女の子としての自分が詰まっていることを思うと、不思議な心地になった。
「うん。安定してる。また来週だな」
先輩は短く言った。カウンセラーとしての言葉。
七海は口を開いたが、言葉が出ない。仕方なく、ほんの僅か首を縦に動かした。先輩はそれに気づき、何も言わず歩き出す。七海はその背中を追いかけながら、小さく息を吸った。
昼間の初風七海は無敵になれない。それでも、無敵でない自分を受け止めてくれる誰かが隣にいるなら、この弱さも少しだけ誇れる気がした。紙袋を強く抱きしめて、光に照らされた床を踏みしめる。
風が吹いた。七海の髪を揺らし、肩の力をわずかに抜いていく。
無敵じゃないからこそ、今日の自分は少しだけ、誇らしい。
